日本のバラ界にも貢献した名士の屋敷
花久の里は、平成14年に二代に渡り衆議院議員を努められた故青木正氏、故青木正久氏の遺族から、旧川里町に寄贈された屋敷を、当時の面影を残しつつ現代の建築技術により再生して建てられました。嘉永4年(江戸時代末期、1851年)に建築された旧母屋は、関東の民家造りの完成形といわれる見事な四段組の梁と一尺を超える大黒柱で150年以上に渡って箱棟瓦葺きの屋根を支えていて、その構造体は現在玄関ホールに再現されています。特徴的な長屋門と茶室は、基礎を新設して曳家(ひきや)した上で、柱や梁の補強やすげ替えを行い、外観や構造等、建築当時の姿をほぼそのまま残しています。
屋敷を囲う構え堀は、素掘りであったものを石組みに整備し、屋敷林は武蔵野の原風景の重要な要素ですが、冬の北風を防ぎつつも開放感が持てるよう高木を中心に剪定されています。
故青木正久氏は「日本ばら会」の副会長をつとめ、自らも世界のばらを集めたバラ園をこの地に営まれていました。また音楽を始め、芸術・文化にも造詣が深く「音楽議員連盟」の事務局長として音楽文化振興法の成立に尽力されました。花久の里は、故人のこのような活動の趣旨を踏まえて、多くの人々に武蔵野の原風景を髣髴とさせる景観の元、四季折々の花やバラなどが楽しめる施設となっています。